私が漢方を使う訳

 "現在日本の医学、医療の主流は西洋医学である。"ということは誰もが認めるところです。しかし、5,6世紀ごろから仏教と一緒に入ってきた漢方が現在日本国内に大きな位置を占めるようになりつつあるのはなぜでしょうか? 昔東大病院で漢方を処方した時、知人の先生に"こちらで最先端の医学を勉強しているあなたはなぜ古い漢方医学に目を向けるのでしょうか?"と聞かれたことがあります。その時私は"人間の疾患は現代医学だけで説明、さらに解決しきれない分野が沢山あるから"と答えました。最新鋭のCT、MRIがいくら外部から人間の内臓、血管などを細かく見られると言っても、アトピー性皮膚炎、蕁麻疹、気管支喘息、アレルギー性鼻炎、動脈硬化、高血圧、変形性腰痛症、関節炎、糖尿病、自律神経失調症、更年期障害、痴呆症などの診断と治療に対しては無力です。疾患によって東洋医学が西洋医学より優れたところがあります。

 二つ私の外来で見た例を挙げてみましょう。

 症例1、"36.5℃の女性患者様が熱発と訴えて来院、この1週間で数人の医者に診てもらったが採血に異常を認めず、熱の存在も否定されました"。本人はいくら平熱が35.6℃と主張しても、"神経でしょう"と現代医学の科学的な分析手法で機械的に片づけられました。いわゆる、血液の異常がなければ、炎症の存在がないという客観的な西洋医学でした。一方、虚実、熱寒、表裏、急慢などの陰陽説、ないし金、木、水、火、土の五行説など個人の体質を重要視する漢方医学では、この患者様の症状は風邪によって体の実と虚にアンバランスが起きたわけで、意外に説明しやすく治療しやすいこともあります。

 症例2、インフルエンザのお子さんを持っている母親の例もそうです。子供さんは他院でインフルエンザと診断され、翌日に母親は寒気と体調不調のため同病院を訪ねました。インフルエンザ発症一歩手前だと言われたが、ウイルスがまだ検出出来ず発熱もしていないため、インフルエンザの薬を投与できないと説明され、返されました。納得出来ない母親は当院を訪ね、漢方の内服でインフルエンザを発症しなくて済みました。もちろん漢方医学の説明と治療は主観的、経験的、哲学的の一面がありますが患者様の一つ一つの器官だけを重視せず、体全体の調和を図る全人的医療、または症例2のように病気という状態に達していない場合(いわゆる"未病")でも治療することが出来る長所があります。このため、漢方医学で患者様が西洋医学より一歩早く快方に向かった症例は少なくありません。

 治療薬において、西洋薬の大半はほぼ精製された純粋な薬物です。純粋なペニシリンで細菌を死滅させ、純粋なアスピリンで熱を下げ、純粋な副腎ホルモンでアトピー性皮膚炎を抑制します。効果が速く切れ味もよいが副作用が強い。一方漢方製剤は何種類かの生薬の組み合わせでできており、古来よりの使用経験の記載を参考に漢方製剤を用いることが多いので、自然の力を体にもたらし、体にやさしくかつ副作用も少なく、比較的長期投与が可能であります。皆様がよく知っているインフルエンザの治療薬タミフルに漢方薬材の八角から抽出された成分がはいっているのは漢方薬の薬効が一層証明された実例です。 医学の進歩によって、漢方医学も科学的方法で漢方の生薬を分析し、漢方薬の効能、効果を一層客観的に証明することができました。これからは漢方医学の主観的色彩は段々と薄くなり、根拠に基づく医療(Evidence Based Medicine、略称EBM)に変わっていくと思います。

 でも漢方は万能ではありません、私は西洋医学をなくして、100%純粋な漢方ですべての患者様が助かると思っていません。今まで学んできた西洋医学の理論的な知識、科学的な分析、客観的な観念をベースにし、東洋医学の陰陽、虚実の観念と体全体の調和を図る全人的医療を導入したいと思います。東洋医学で現在西洋医学の弱点を補い、従来の医療がまだ改善できなかった、完璧に治療出来なかった疾患に対し、一層良い医療が期待できると信じています。

漢方を服用する患者様にお願い:

1.漢方は何種類かの生薬の組み合わさっているため、効能も多様化しております。このために自分が飲んでいる漢方薬の名前を覚えて、市販の漢方解説書籍に照らしてみると自分の病名、症状に合わないことがよくあると思います。理由は漢方が特定の病気に対応するのではなく、病的反応の共通性に対応しているので、心配いりません。

2.漢方の使用にあたっては、患者様の証(体質、症状)を考慮して投与しますが生薬も薬の一種なので'副反応'が絶対起きないというわけではありません。患者様が服用後、もし不都合なことがあったら是非ご相談ください。